大判例

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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)3206号 判決 1968年6月15日

名古屋市昭和区車田町二ノ三十七

原告

牧敏夫

名古屋市昭和区車田町二ノ三十七

原告

牧嘉代子

名古屋市瑞穂区御劔町三ノ二十六

原告

加藤喜久夫

名古屋市瑞穂区松園町一ノ三十一

原告

辻源蔵

名古屋市瑞穂区亀城町一ノ五

原告

荒川勝敏

名古屋市昭和区堀江町二ノ十八

原告

長谷川民之助

名古屋市昭和区小針町三ノ三十

原告

天野宗一

名古屋市昭和区円上町一ノ六

原告

加藤久佳

名古屋市瑞穂区東栄町五ノ二十四

原告

山崎定輝

名古屋市瑞穂区高田町一ノ十三

原告

坂野勝雪

名古屋市瑞穂区中山町二ノ六

原告

西野清秀

愛知県愛知郡豊明町大字前役字三ツ谷一三一九ノ一

原告

中西八郎

名古屋市瑞穂区瑞穂町字西藤塚一ノ四

被告

昭和税務署長

植野京平

右指定代理人

松沢智

新保喜久

沢村竜司

城田巌

大須賀俊彦

大垣市室井町七ノ四十の三

被告

森新

名古屋市瑞穂区瑞穂町字西藤塚一ノ四

被告

昭和税務署所得税二課長

西川幸男

名古屋市瑞穂区瑞穂町字西藤塚一ノ四

(名古屋市中区三の丸一の七ノ一税務大学名古屋研修所)

昭和税務署所得税二課

被告

外山佳明

名古屋市千種区千種通り七ノ二ノ二

東海銀行千種通支店長

被告

根本昭

右訴訟代理人弁護士

岩越威一

岩越平重郎

名古屋市昭和区阿由知通り一ノ十二

三重銀行阿由知支店長

被告

原紀雄

右訴訟代理人弁護士

太田耕治

被告

右代表者法務大臣

赤間文三

右指定代理人

松沢智

新保喜久

沢村竜司

城田巌

大須賀俊彦

主文

被告昭和税務署長に対する訴を却下する。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告らは

(一)  被告税務署長植野京平、被告西川幸男、被告森新、被告外山佳明は原告牧敏夫に夫れ夫れ金五千円、原告牧嘉代子に夫々金五千円、原告辻源蔵に夫れ夫れ金弐千五百円、原告荒川勝敏、同長谷川民之助、同天野宗一、同加藤久佳、同山崎定輝、同坂野勝雪、同西野清秀、同中西八郎に夫れ夫れ金壱千円ならびに本訴状送達より右支払ずみに至るまで年五分の割合の金員をそれぞれ支払え。

(二)  被告東海銀行千種通り支店長及び三重銀行阿由知支店長は夫れ夫れ原告牧敏夫に金壱万円、原告牧嘉代子に夫れ夫れ金壱万円、原告辻源蔵に夫れ夫れ金五千円、原告荒川勝敏、同長谷川民之助、同天野宗一、同加藤久佳、同山崎定輝、同坂野勝雪、同西野清秀、同中西八郎に夫れ夫れ金弐千円ならびに本訴状送達より右支払ずみにいたるまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被告国は原告らに対し各金壱千円を支払え。

(四)  訴訟費用は被告らの負担とする。との判決並に仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

(一)  被告税務署長は原告牧敏夫、同加藤喜久夫両人より何等の承諾を得ることなく原告等の取引銀行に赴き預金調査を行う様被告西川幸男、同森新、同外山佳明に命令した。

(二)  被告西川幸男は被告森新及び外山佳明に対して原告牧敏夫、同加藤喜久夫の承諾を得ることなく前項同様直接銀行預金調査を行う様命令した。

(三)  被告森新、同外山佳明は原告牧敏夫、同加藤喜久夫に何の許可もなく銀行調査を実施した。

(四)  被告東海銀行千種通支店長同三重銀行阿由知支店長は原告牧敏夫に何の許可なく税務署員、森新、外山佳明に預金原簿を閲覧及び資料を提出した。

(五)  被告税務署長は、部下である森新、外山佳明等をして、原告牧敏夫、加藤喜久夫に事後調査になつたことを通知する以前に勝手に銀行及び得意先へ不当な反面調査を行つた。

原告、牧敏夫は右行為について被告西川幸男に対し問いただしたところ「貴方の今迄の税歴から判断して私どもの調査に協力してもらえないと判断した。」から勝手に行つたと云つている。又「いちいち反面調査を行うのに納税者の許可を得ていたら調査が進まない。」と暴言をはいた。右被告らの行為は憲法第29条第一項財産権の侵害、同第99条憲法尊重よう護義務違反、刑法第193条公務員の職権濫用である。又すべて国民は個人として尊重されると明記された憲法第13条にも違反する行為である。

(六)  被告森新、外山佳明両名は原告牧敏夫の臨店調査の際「第三者が立会えばすぐに調査を拒否し帰る。」旨原告牧敏夫に伝えた。そして原告中西八郎が中途で調査に臨席したところ急に立ち上がり、原告牧敏夫、牧嘉代子、中西八郎が調査を行う様要望したが一言も返答せず、職務を放棄した。この行為は国家公務員法第82条第二、第三項違反である。

(七)  原告牧敏夫、同牧嘉代子、同加藤喜久夫は被告昭和税務署長の不当な命令により生じた結果に対し諸種の苦痛を味わねばならなかつたし、業務も重大な支障をきたし今後も反面調査は本人の許可なく行うと言明しており、その不安と怒りのため精神的衝撃は甚大である。

この精神的打撃を慰謝するには各被告が原告、牧敏夫、同加藤喜久夫にそれぞれ金二万円、同牧嘉代子にも各々金二万円が必要である。

(八)  原告、辻源蔵は全国商工団体連合会傘下、愛知県民主商工会昭和支部長であり、原告荒川勝敏、長谷川民之助、天野宗一、加藤久佳、山崎定輝、坂野勝雪は愛知県民主商工会昭和支部副支部長であり、原告牧敏夫、加藤喜久夫は同支部会員である。原告、支部長、副支部長は以前より両名らに対したとえ税務署であつても、本人に同意もなく銀行調査を行う事は違法である旨常にのべていた。

原告西野清秀は同支部事務局長として、原告中西八郎は担当事務局員として両名等に対して、たとえ税務署であつても任意調査である限り本人の同意もなく銀行調査を行うことは違法である旨常にのべていた。又銀行についても同様に、本人の許可なく税務署に対し秘密を洩らしてはならないとのべていた。が、被告昭和税務署長、東海銀行千種通支店長、三重銀行阿由知支店長の右行為のため原告牧敏夫、加藤喜久夫に対し多大の迷惑をかけたことにより従来より親交のあつた両名の信頼を失いその精神的苦痛は大きい。これを慰謝するに少くとも合計金十二万四千円は必要である。

(九)  被告国の公権力の行使にあたる公務員が右の如くその職務を行うにあたり故意に原告らに精神的苦痛を与えたものであり、その慰謝料は被告国において原告ら各自につき金千円が相当である。

(十)  第七、八、九項の精神的損害は国家公務員たる税務職員の税務調査という職務を行うにあたつて原告らに与えたものであるので国家賠償法第一条に基き、銀行関係者に対する請求は民法第七百九条に基き請求する。と述べた。

被告昭和税務署長は本案前の答弁として、原告らの同被告に対する訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決を求め、理由として、同被告は行政庁であつて権利主体でなく、本訴につき当事者能力がない。と述べ本案につき同被告、被告西川幸男、同森新、同外山佳明、同国は原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決を求め、答弁として、請求の原因たる事実(一)、(二)、(三)の各点を認め、同(四)のうち「原告牧敏夫に何の許可もなく」の部分は不知、その余の点を認める。(五)、(六)、(七)、(八)、(九)の各点を争う。(一)被告西川幸男、同森新、同外山佳明に対する請求は主張自体理由のないことが明らかである。同被告らに対する請求の原因たる事実はこれを要するに同被告らがその職務の執行としてなした所得税に関する調査が違法であるから国家賠償法第一条にもとずき損害の賠償を求める。というにある。しかしながら国家賠償法第一条にもとずく損害賠償においては当該公務員個人がその責任を負うことのないことは既に判例として、確定せられておるところである。(最高裁昭和二八年(オ)第六二五号、昭和三〇年四月一九日判決民集第九巻第五号五三四頁)(二)また国家賠償法第一条により被告国の損害賠償責任が肯定されるためには当該公務員の行為が違法であり、かつ故意又は過失のあることを必要とすべきところ本件における銀行預金等の調査は所得税法第二三四条所定の質問検査権に基くものであつてもとより適法かつ必要な調査である。かかる調査なくしてはとうてい適法、適正な課税はなしえない。原告らの主張はこの適法、適正な調査に対し独自の立場から違法であるとしているに過ぎなく、その理由のないことはいうまでもない。(三)原告牧敏夫、同加藤喜久夫を除くその余の原告らの請求の理由のないことも一見明白である。けだしこれらの原告は、その主張によれば所得税に関する課税庁の調査方法について平素独自の見解を披瀝していたというのであるが、だからといつてなにゆえ本件調査によつて損害を蒙ることになるのかとうてい理解しがたいところである。と述べた。

被告東海銀行千種通支店長根本昭は原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決を求め、答弁として、請求の原因たる事実(四)のうち同被告が森新及び外山佳明に対し原告牧敏夫名義の普通預金元帳を閲覧させたこと、これにつき同原告の許可等をえていないことを認め、その余の点を争い、(一)同被告の右預金元帳を閲覧させたのは所得税法第二三四条第一項第三号による所得税法上の税務署職員の質問検査権行使に対する責任義務に基くもので何等不法行為を構成しなく、これに違反すれば所得税法第二四二条第八号の罰則がある。(二)同被告に対する原告牧敏夫及び牧嘉代子以外の原告らの請求はそれ自体理由がない。これら原告は所得税に関する税務署の調査方法について常日頃独自の意見を原告牧敏夫らに対し申向けていたというが、そうだとしてもその故に同被告が所得税法上の義務に基き本件調査に応じたことによりこれら原告が損害を蒙ることとなる筋合は全くない。と述べた。

被告三重銀行阿由知支店長原紀雄は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。との判決を求め、答弁として、請求の原因たる事実のうち(一)、(二)、(三)、(四)、(五)、(六)、(七)、(八)、(九)の各点を争い、本件請求は法人たる株式会社三重銀行に対するものなのか或は個人に対するものなのか判然しない。と述べた。

理由

被告昭和税務署長は行政庁で権利主体でなく本訴につき当事者能力がないことは明らかなところである。よつて原告らの同被告に対する訴は不適法であることが明白であるのでこれを却下する。

請求の原因たる事実(一)乃至(四)(但し同(四)中「原告牧敏夫に何の許可もなく」とある点を除く)は原告らと被告西川幸男、同森新、同外山佳明、同国間に争がない。然れども被告西川幸男、同森新、同外山佳明に対する請求は右被告らの主張にかかる(一)記載通りの理由により理由のないことが明らかであり、被告国に対する請求は右被告らの主張にかかる(二)記載通りの理由により理由のないことが明らかであり、尚原告牧敏夫、同加藤喜久夫を除くその余の原告らの請求も右被告らの主張にかかる(三)記載通りの理由により理由のないことが明らかである。

尚請求の原因たる事実(五)、(六)の各点はこれを認むべき証拠がないので同各点における原告ら主張の憲法その他法令違背の点は判断をする要はない。

請求の原因たる事実(四)のうち被告株式会社千種通支店長根本昭が森新及び外山佳明に原告牧敏夫名義の普通預金通帳を閲覧させたこと、これにつき同原告の許可をえていないことは右被告と原告ら間に争がないが、同被告に対する請求は同被告の主張にかかる(一)、(二)記載通りの理由により理由のないことが明らかである。

被告株式会社三重銀行阿由知支店長原紀雄に対する本訴は原紀雄個人を被告とせることは原告らも自認する如く、同銀行阿由知支店が独立の人格を有しないことに徴し明らかである。而して同被告に関する請求の原因たる事実(四)の点は同被告の認否をしないところであるが仮にその事実があつたとしても同被告に対する請求は被告株式会社東海銀行千種通支店長根本昭に対する請求におけると全く同様の理由により理由のないことが明らかである。

よつて被告昭和税務署長以外の被告らに対する原告らの請求はいづれもこれを棄却し、民事訴訟法第八十九条により主文のように判決する。

(判事 小沢三朗)

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